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 5kg5000円という、お米を食べているが…

外食に贅を費やすことができるほど、生活にゆとりのない我が家では、
せめてお米ぐらいは美味しいものを食べようと常々思っている。

そこで今回は結婚式の引き出物としてもらった、
ギフト券で島根の5kg5000円というお米をチョイスしてみた。
正確には、送料込みだから単価はもっと下がるだろう。
有機農法で作り出荷前日に精米したから、3週間以内には完食すべし。
とのたまう、敷居の高いお米を食らうにあたり、
その2週間は近所のスーパーで5kg1200円のお米で
口を糊して万全に備えて挑んだのだが、
その結果は極めて「普通」
なんだか、がっかり。

RIMG0003.jpg


舌外道ゆえ、結構ストライクゾーンは広いのだが、
農家の人たちが旨いと絶賛するものが、いまひとつポカーンのおいら。
確かに自然の香りや力強さは毎回伝わってくるけど、
産直品で繊細で旨いというものには中々出会わない。
なおおいらのお奨めは、千葉県館山市界隈の店舗で売られている
「長狭米」5kg2800円也。
これは艶といい、旨み甘味も抜群に上品である。

ということで、下記のような記事を見つけたが、
これはいかがなものか?



【異端が作った日本一高価なコシヒカリ】
2007年11月15日 日経ビジネスオンライン

 東京・渋谷の東急百貨店本店、地下食品売り場の米売り場、「米よし」の店頭にその米は売られている。2坪の店舗に並ぶ10産地の銘柄米のなかで最も値段が高く、5キロ1万4700円。2006(平成18)年度産の小売米としてはおそらく日本一高い米。米櫃に立て掛けられた細長い白木の板には、「十日町市松之山 戸邊秀治作」と墨書され、2行目には「無農薬、無肥料、天日干し」と謳ってある。

脱サラ後、米づくり
 その米を作った戸邊秀治さんは1952(昭和27)年1月生まれの55歳。東京理科大学を卒業後、関東自動車工業に勤務、30歳で脱サラ、自給自足的生活を実践してきた。福島県耶麻郡旧山都町をはじめ、茨城などで田舎暮らしを続け、2002(平成14)年、新潟県十日町市松之山に田畑付きの家を350万円で手に入れた。自然農法でコシヒカリを作り、自給自足にちかい生活をしている。家族は7人。プロ棋士になった21歳の長男と次男は自立して東京に暮らし、現在は、三男、四男、末っ子の長女と5人。ごくふつうのサラリーマン家庭に育った奥さんの聖子さんは43歳になる。

 戸邊さんとは偶然の出会いだった。
 この連載については中山間地の米どころから始めるつもりでいた。都市から遠く離れた地理的に不利な土地は殺伐としたニュースばかり。きびしい世情を背負いながらも、ときおり、移住者の発案が地域の光明になっているという噂が聞こえることがあった。過疎の町に新風を起こそうとしている人の、熱い気持ちに触れてみたいと思った。かれらの情熱が、あるいは地域再生の端緒となるかもしれない、眼には見えない希望の輪郭を写真に撮り、文章を綴ろうと考えた。

「日本の原風景」といわれる限界集落へ
 具体的な土地を選定する段になってから、日本有数の豪雪地である「越後松之山郷」という地名が脳裏に浮上してきた。「日本の原風景」が展がる農村として、風景カメラマンがいちどはファインダーをのぞく場所である。ただ、紹介される写真のほとんどは風光明媚という視点に偏っていて、そこに土着する人たちの肉声が聞こえてこない。1955(昭和30)年ころは1万2000人を数えた人口も今は2800人(9月現在)。急激に過疎化した土地である。35の集落のうち、2分の1が限界集落(人口の半数が65歳以上で社会的共同生活が困難な集落)といわれている。風景の礼賛だけで松之山の風土を語ることなどできるはずがない。

 関越自動車道の塩沢石打インターチェンジを降りる。国道117号線を東進し、信濃川を渡り、こんどは353号線を登っていく。およそ1キロに及ぶ豊原トンネルを抜けると空気が一変する。車窓から吹き込む風には土と草木のにおいが濃い。連座する山々が視界に被さってくる。それらが五感に働きかけてくる感覚は、自分が暮らしている東京郊外とはまったく異質の土地へ入り込んだことを教えた。


江戸時代の米づくりを学生に伝授
 松之山へ入り、初めての信号で停止した。街の中心地でありながら人の姿がない。民営化されたばかりの郵便局の新しい装いだけが目立っている。道路標識に書かれた「松之山温泉」に引かれながらも左折を断念して直進した。間もなく車道が狭くなる。左右に棚田が見えてきた。点在する農家らしい家は、おしなべて屋根が急勾配になっている。なるほど、これまで多くの写真で表されたとおり、美しい景観だ。ほとんどの田んぼが稲刈りを終えていて、ほうぼうに稲架(はさ・刈り取った稲の天日干し)が見える。数千の稲の束が秋の陽に照り映えていて、これも見惚れてしまうほどの絶景だ。そして豊かさを感じさせた。

 稲刈りの集団に遭遇。20歳ほどの男たちが黄金色の田の中で黙々と作業をしている。初めて車を降りた。若者たちは新潟市の専門学校(国際調理製菓専門学校)の生徒で、稲作の体験実習の最中だった。そこに戸邊さんがいた。

 「江戸時代の米づくりです。すべて人力なんです」
 生徒を引率している教師が苦笑いを浮かべて耳打ちした。

 「そうじゃない、稲の束はこういうふうに持って、こう結ぶんだ!」
 小柄な壮年男性が大勢の若者に声を張り上げている。小柄ながら筋肉質でがっしりした体躯が作業着の上から見て取れる。怜悧そうな薄い唇、眼鏡の奥の眼光が鋭い。撮影の許しを請うと、小さな声で「どうぞ」とだけ応じた。


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10:25 | くいもの
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