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 きっとどこかに仕掛け人がいるはずだ、村上春樹本の販売戦略。

マスコミや口コミに頼った販売戦略が、ついに出版ビジネスにまで広がった。
それも大御所「村上春樹」をモチーフとして。
ええっ、村上春樹を持ち出すこともないだろう。
うがった考え方をしたら、そこまで出版不況なのか?
はたまた、とんでもない危機感を感じているのか。

H&Mやフォーエバー21などの日本上陸をあおったようなマスコミへの露出、
はたまたアマゾンを介した事前の予約状況の公開など。

内容を一切伏せることで購買意欲をあおる、摩訶不思議ミステリアスな演出。

きっと、電通かどこか広告代理店発案の、「仕掛け」に違いないと
おいらはにらんでいるのだが。



【村上春樹さん新刊、発売前増刷=文芸作品で異例の25万部に-新潮社】

5月29日 毎日新聞
 29日に発売される作家、村上春樹さんの7年ぶりの長編「1Q84」(1、2巻)について、発行元の新潮社は26日、予約殺到のため発売前から増刷を決め、発行部数が1巻25万部、2巻23万部になったことを明らかにした。
 初版は1巻20万部、2巻18万部で、各5万部の増刷。1巻の20万部は同社の単行本初版発行部数では歴代2位という。
 同書の内容については「予断を持たずに読んでほしい」との著者の意向で一切明らかにされていない。



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07:33 | ビジネス
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 奥横浜・裏横浜の甘い誘惑

4年ほど前の記事になるが、
今でもこの地域は活性化を続けているんだろうか?
いや、きっとしているはずだ。

う~ん、乗り込んでやろうか、止めておこうか。


【オシャレな大人が集う「裏横浜」と「奥横浜」】
2005-11-24 ヨコハマ経済新聞編集部

カフェ&ダイニングが続々オープン
横浜駅周縁部が新しいカフェ&ダイニングのメッカとして、注目度を高めている。東口の万里橋南詰、平沼、西口の岡野、浅間下といった地区で、個人オーナーによる手作り感にあふれた、オシャレな飲食店が急増。駅付近に勤める20代、30代のOL、アパレル業者、近所に住むマンション住民などに厚く支持されている。横浜駅の巨大な百貨店・ファッションビル群を取り巻くように広がる新しい飲食街は、「裏横浜」、あるいは「奥横浜」と呼ばれ、創作イタリアンが中心の展開となっているのが、大きな特徴だ。
■駅ビルが強い横浜駅の「裏」、「奥」に新飲食店群が台頭JR、私鉄(東急、京急、相鉄)、地下鉄(市営、みなとみらい線)を合わせた1日の乗降客数は約186万人(2004年度)。横浜駅は、全国でも新宿駅、池袋駅、渋谷駅、大阪駅に次ぐ、第5位の巨大ターミナルである。駅周辺のビル、地下街の発達の目覚ましさは周知のとおりで、特に西口駅前では、ザ・ダイヤモンド地下街、高島屋、CIAL、相鉄ジョイナス、相鉄ムービル、岡田屋モアーズ、横浜ベイシェラトンホテル&タワーズ、三越跡に新規オープンしたヨドバシマルチメディア横浜などの大型商業施設がしのぎを削っている。また、徒歩5、6分の圏内にも、ビブレ、ダイエー、東急ハンズ、ビックカメラなどといった大型商業施設が集積しており、横浜市内随一の商業規模を誇っている。
ヨドバシカメラ、3店舗統合し横浜三越跡地にオープン そのためか、横浜駅周辺では路面の個人店はあまり発達せず、西口ではチェーン系の居酒屋、ファーストフード、カラオケボックス、ゲームセンター、大規模なボーリング場、サラリーマン対象のキャバクラ群、ラーメン屋が目立つ。ビブレ前の川沿いにあった屋台群も姿を消し、古くから開けた伊勢佐木町や元町などと比べても、街の個性が乏しい印象があった。東口ではそれがさらに顕著で、ポルタ地下街、そごう、丸井、ルミネ、崎陽軒本店、横浜中央郵便局、ヨコハマプラザホテルなどが駅に直結する形で集積している。外にほとんど出ずとも買い物などの用事が済ませられるような、自己完結した状況となっているのだ。
しかし、そうした駅ビル中心の横浜駅前のイメージに、2000年前後から変化が起こっている。駅至近にありながらも人通りが少なかった東口より3分ほど歩いた万里橋南詰、さらには西口では駅からは10分ほどとかなり歩くが、新横浜通りを渡った岡野地区に、個人オーナーによるオシャレなカフェ&ダイニングが続々とオープンし、人気を集めているのである。これらの新しく発展してきた飲食ゾーンは、東口側は「裏横浜」、西口側は「奥横浜」と呼ばれるようになってきた。あるいは、総称して「裏横浜」と呼ばれることもある。商圏としての価値が低く思われていたこれらの地区の魅力が、なぜ急速に高まったのか。
■「裏横浜」の土台をつくった「ビストロ・フレッシュ」東口、「裏横浜」が注目されるキッカケとなったのは、1999年4月に万里橋南詰にオープンした「ビストロ・フレッシュ」である。オーナーのフードコミュニケーション社長、入交(いりまじり)功氏は高知出身。高校卒業後に、日産自動車横浜工場に就職。20歳の時に飲食店に興味を持ち、昼に勤務しながら夜のアルバイトを始めたが、3カ月後には日産を退職して、飲食店の社員となった。その店の店長が28歳で考え方も非常に大人に感じたことから、28歳までに独立して店を持とうと目標を抱いたという。
ビストロ・フレッシュ 最初の4年ほどは、山下町のレストラン・バー2軒で料理、お酒、接客の基礎を覚えた。しかし、飲食店に勤めているだけでは、忙しい週末に他の店がどのようなサービスを行っているのかがわからないと痛感し、飲食店を退職。昼間に別の業種の仕事をしながら、今度は顧客の立場で飲食店を食べ歩いた。そうしてコツコツと700万円を貯金し、国民金融公庫から600万円の無担保融資を受け、開業資金1,300万円で「ビストロ・フレッシュ」を開業した。27歳になっていた。
物件は、横浜駅、大船駅、藤沢駅といった神奈川県東部のターミナル駅周辺で探した。横浜駅から徒歩3分と至近距離にありながらも、1階の角地で家賃も安かったことが、決め手になった。築30年ほど経った古い物件で、テナントの入れ替わりが激しく、何をやってもなぜかうまく行かない場所と言われていた。当時の横浜駅東口は、賑わう西口と違って、2軒のコンビニがある程度の人通りが少ない寂しい場所だった。しかし、入交氏は「多くの店がある中で開業するより、目立っていいのではないか。お客さんがわざわざ探して来てくれる店にしたい」と、かえってチャンスがあると思ったそうだ。
保証金は450万円、家賃は10坪で20万円だった。席数は20席。業態を創作イタリアン中心のダイニングバーとした理由は、女性客やデートに活用してもらえる店にしたいと考えたからだ。また、単なるバーだとどうしても2軒目に飲みに行く店とみなされるので、しっかりとした料理を提供することを考えた。デザインは知人のデザイナー、井能慶太氏に頼んだが、基本レイアウトは入交氏自身が設計した。内装も扉やトイレなどは入交氏の手作り。カウンターに設けた溝で熱帯魚を飼ったり、星型の氷をつくったりするなど、遊び心を随所に取り入れている。
■駅ビルが閉まる深夜帯の客層の心をつかむ「ビストロ・フレッシュ」はオープン時から評判を取り、瞬く間に週末にはウェイティングができる繁盛店となって、現在もその状況は続いている。繁盛した理由としては、当時、横浜駅周辺では珍しく深夜4時まで営業していたことがあった。駅ビルの飲食店の閉店時間は11時で、夜遅くまで残業している人は入ってすぐにラストオーダーになるという不満を持っていたのだ。また始発待ちの人が集まったこと、同業の飲食店従業員が固定客となったことも大きかった。また、徒歩圏の平沼、戸部地区には、ワンルームに住む独身者も多い。丸井やそごう、ルミネに勤めるブティック店員なども集まってきた。顧客層は20代、30代が中心で、男女比は4対6で女性のほうがやや多い。客単価は3,000円前後。
狭い店なので、自然と顧客の間で交流も生まれた。また、入交氏も、顧客同士の共通点を見つけて紹介しあうなど、意識的に仲間づくりを進めた。常連に声を掛けての野外バーベキュー大会などといった交流イベントも、随時行っている。そうした中で、界隈の街づくりについて考えるようになってきたという。
■オシャレな大人が集まる街を横浜につくるという夢「漠然とですが、昔の代官山のように、オシャレな大人が集まる街ができればいいなあと思うようになりました。街というのは、自分一人だけじゃなくて、いろんな人が面白い店をつくってこそ繁栄するんです。『裏横浜』って言葉は、そういった気持ちを込めて、私がお店の中で勝手に使いだした言葉なんです」。そう語る入交氏の趣旨に賛同して、顧客の中から実際に店を始める人も現れた。
そして「ビストロ・フレッシュ」の周囲に、イタリアンを中心に、韓国料理店、バーなどのオシャレな飲食店が次々と開業するようになり、賑わいが生まれてきた。入交氏自身も、00年6月に平沼に2号店を出している。この店は03年1月に改装して、3つのテーブル席で、1日3組のみに究極のサービスを提供する高級イタリアンの店、「イル・エノトリア」として営業中だ。
イル・エノトリア(ぐるなび) 3号店は「ビストロ・フレッシュ」のすぐ裏に、01年11月、「リストランテ・リアル」をオープン。これは、本格的なイタリアンの店で、年齢層は20代後半から40代前半と「ビストロ・フレッシュ」に比べればやや高めの設定だ。席数は50席。さらに、西口の東急ハンズ裏に、昨年10月、アイリッシュパブの新店「グリーンシープ」をオープン。アイルランド製のビールサーバーから注がれるギネスやケルニーなどのアイリッシュビールは本場の味。座席は60席とかなり大きく、週末には店内でライブを行ったり、大型スクリーンでサッカー中継を映すなど、一体となって盛り上がれるお店だ。これらの店を経営するフードコミュニケーション全体では、3億8000万円の年商を上げている。
リストランテ・リアル(ぐるなび) グリーンシープ こういった路面店中心の飲食ベンチャーが育ってきていることが、「裏横浜」のブレイクを象徴しており、東京の恵比寿、広尾、西麻布あたりで2000年前後に起こった、隠れ家的なカフェ&ダイニングのブームと近似した展開になっている。なお、「裏横浜」という言葉は、02年5月に発売された角川書店の雑誌『横浜ウォーカー』によって一般に認知された。同誌の編集者がリサーチで「リストランテ・リアル」を訪れ、入交氏との会話の中で趣旨に共感。メディアとして初めて使用し、一気に広がったという。
■住宅街の岡野町に飛び火した隠れ家ダイニングブーム東口「裏横浜」の弱点は、飲食店として使用できる物件が少ないことだ。そのため、02年頃から、西口の従来の繁華街から広い新横浜通りを越えた岡野地区に、新しいダイニングゾーンが発達してきている。「フレッシュネス*ランド フルーツ!」は、03年5月に岡野にオープンした、イタリアンレストラン。50坪、70席あり、客層は20代後半から30代の女性が中心で、週末は予約で一杯になる。
Freshness*Land Fruits! メニューの特徴は、三浦半島の地野菜を農家から直接買いつけている八百屋から、不揃いでも低農薬の野菜を仕入れていることで、使用する野菜の約半数を占める。また、ピザの生地、パンは100%自家製、パスタも出数で半分が自家製とこだわっている。前菜盛り合わせと、サラダ、肉または魚の料理、ピザ、パスタ、デザートのセットで2,500円のコースが人気で、7割の顧客が注文する。ドリンクではマンゴーなど、フレッシュフルーツのカクテルが人気。客単価は3,500円前後だ。
運営はサウスプランニングで、01年5月、野毛に「フリー*スタイル*キッチン サウス」という24席の小さなイタリアンダイニングをオープン。その店を成功させて、「奥横浜」に乗り込んできた。新横浜通りを越えると、家賃は3分の2、坪単価にして1万5000円ほどにまで落ちる。個人オーナーにとっては魅力である。店の内装は、店舗内装の雑誌などを参考に、基本的に手づくりで完成させたそうだ。
Free*Style*Kitchen South ■岡野のダイニングの特徴は、東京にはない“ゆったり感”「平日の夜は、西口の会社で働くOLさんがメインです。日曜日は女性が減って、近所に住んでいるご家族の方がお見えになります。土曜日は、幅広いお客さんがいらっしゃるといった感じです」と中邨(なかむら)義男店長。顧客はゆっくりと時間をかけて、会話を楽しみながら食事をする人が多く、効率優先の従来の西口の飲食店では拾いきれなかった客層を集めている。これは総じて岡野のダイニングの特徴で、目的を持って来る店になっている。
同店では現在の集客数が、オープン時の3倍に伸びてきたという。店の寿命がヘタをすれば1年と言われる、東京都心部、特に渋谷、青山、恵比寿、六本木あたりの回転が早い飲食店とは大きな違いだ。また東京では和食、それも郷土料理の店や、オシャレ系立ち飲み屋が流行の中心にあるが、「裏横浜」、「奥横浜」では、そういったトレンドは波及していない。中邨店長は「いい意味で横浜は、情報の伝達がゆっくりしています。このエリアではイタリアンの店が多いですが、たくさんあるぶん、お客さんは次はどこに行こうかと、選ぶ楽しみを感じていらっしゃるようです」と語った。
■浅間下の潜在的な可能性と、西口・東口の分断の問題しかし、岡野のダイニングゾーンもすぐ裏は住宅地になっており、すでに物件不足となっている。そこで、今後注目されるのは、岡野よりさらに新横浜寄りの浅間下交差点付近である。横浜駅からは1キロ近くも離れているが、オフィスビル、専門学校、犬も飼える新しいマンションなどが数多くあり、飲食店の需要は高いのではないだろうか。
たとえば、今年初夏にオープンした「ルーズカフェ」は、店内まで犬を連れて入ることができるカフェだ。ソフトロックやラウンジ系の音楽を流し、メニューはドライカレー、ピザ、パスタ、サラダなどの軽食から、スイーツ類、有機栽培のコーヒーなどのソフトドリンク、さらにはビール、ワイン、カクテルといった酒類まで提供するといったように幅広い。席数は40席。そもそも、横浜駅周辺は西口、東口を通じて、ゆったりと息抜きの時間を過ごせるカフェが非常に少ない。ましてや犬を連れて行ける飲食店は、ほとんどない。そうした意味では、「奥横浜」の今後の発展を考えると、人が交流する拠点として、このような店が重要な役割を果たす可能性は高い。
Lu’s CAFE(ぐるなび) さて、「裏横浜」、「奥横浜」の今後を考えると、東口は5年後に新高島への日産自動車本社移転が控えている。新高島は横浜駅から近く、徒歩で通う人も多く出てくるだろう。その場合、万里橋は通過点となる。アフターファイブの需要を考えると、平沼1丁目交差点あたりまでは、ビジネスチャンスが出てくるのではないか。実際、平沼商店街にイタリアンの店などもオープンし始めているし、平沼橋駅や高島町駅界隈までは、マンション建設も進んでいるので、動線がつながってきそうだ。西口は先述したように岡野が飽和状態なので、浅間下に期待といったところ。
現状、物足りない点としては、もう少し街に回遊性が出てくるように、心地よいカフェが増えエリアに点在する必要があるだろう。接待需要を目的とした、個室ダイニングも不足している。飲食以外の業種が少ないのも気掛かりではあるが、都内でも恵比寿、西麻布のようにそれでも繁栄している街もあるので、ダイニングのメッカとして発展していくのも一つの道だ。それならば、新しい“横浜イタリアン”を発信する何らかの組織も、あったほうが集客効果が高まるだろう。これについては入交氏が組合設立の意欲を見せており、期待したいところだ。
また、西口と東口の間の回遊性の悪さも改善が求められるところだ。例えば横浜市が運行している「みなとみらい100円バス」は東口とMM地区をつなぐもので、西口との連絡はない。平沼橋を歩いて渡る人は少なく、西口と東口の商圏が線路によって分断されているのは、街のトータルな発展を考えるとマイナスが大きい。この新しいカフェ&ダイニングの流れをより発展させるための鍵は、気軽に西口と東口を行き来したくなるような商圏の連携にあるのかもしれない。
23:06 | ビジネス
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 不謹慎だけど、景気悪化のニュースにほくそ笑む。

この時期だからこそ、
一山当ててやろうと考えている諸兄も多いはず。
ここでイニシアティブを取っておけば、
今後の事業展開も有利なはずだ。

事業意欲や個人の消費が落ち込んでいるこの時期こそ、
一差好遇なんである。

何度も念押しだけど、がんばれオレ。



【景気悪化、家計部門に波及=急速な調整を裏付け-GDP】
5月20日時事通信

 過去最悪を更新した2009年1-3月期の国内総生産(GDP)成長率は、戦後最悪とされる昨年秋以降の急速な景気悪化を裏付ける内容となった。08年10-12月期は米国経済の崩壊で自動車や電子部品の輸出など外需が大幅に減少したが、1-3月期はそれに加え、個人消費を中核とする内需も大きく落ち込んだのが特徴だ。
 内外需総崩れは7-9月期から続くが、今回、内需寄与度のマイナスは前期の0.6%から2.6%に急拡大した。企業の生産活動の低迷が雇用調整や所得環境の悪化を招き、その影響が家計に波及した格好だ。季節調整の結果、設備投資や輸出などの下振れにより、10-12月期の実質成長率が前期比年率14.4%減に下方修正され、2期連続で戦後最悪を更新したことも判明した。
 ただ、2期連続二ケタ減という記録的な悪化は、生産や在庫、雇用など日本経済の調整が急速に進んだことも意味する。このため、多くの民間シンクタンクが4-6月期のプラス成長を予想。4月以降は、定額給付金や高速道路料金値下げなどの経済対策効果が表れ、消費者心理の改善など最悪期の脱出をうかがわせる指標も出てきた。
 薄日が差し始めた日本経済だが、雇用情勢や米景気後退の長期化などリスク要因は残っており、予断を許さない状況が続くことに変わりはない。 


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21:10 | ビジネス
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 過熱が一段落した、セカンドライフの現況。

これからいっちょ、遊んでみるかセカンドライフ。

【Second Lifeは終わらない 増えるユーザー、成長する経済】
5月18日 ITmediaニュース

2007年ごろ、経済誌やネット関連メディアを大いににぎわせ、「次のインターネットの主役」とまで言われた3次元仮想空間「Second Life」が、メディアの表舞台から姿を消して久しい。

 Second Life内に「SIM」(島)を構えて参入していた大企業も、ほとんどが撤退。「Second Lifeは失敗だった」――そんな論調で語られることもある。

 だがSecond Lifeは終わっていない。企業の参入は急速に減ったが、アクティブユーザー数は着実に伸びている。日本のアクティブユーザー数は、ブーム当時の2~3倍。Second Life内の経済も成長しており、2008年年間で3億6000万ドル(約360億円)分の仮想通貨が流通している。経済メディアや大企業の失望とは裏腹に、コミュニティーは成長を続けているのだ。

 07年当時のブームは何だったのか、今Second Lifeでは何が起きているのか。Second Lifeベンチャー・マグスルの新谷卓也社長と、米Linden Labの日本担当責任者ジェイソン・リンクさん、ブーム当時からのユーザーであるmina junさん(アバター名、30代女性)に聞いた。

●Second Lifeとは

 Second Lifeは米Linden Labが2003年6月に正式公開した3D仮想世界で、米国では06年半ばごろから、日本では07年初めごろからメディアをにぎわせ始めた。

 最大の特徴は、アバターアイテム、建物、家具、アミューズメント施設など世界内のアイテムがすべてユーザーによって作られていること。専用ブラウザには3Dモデリングツールが組み込まれており、ユーザーが自由にアイテムを創造できる。

 基本機能の利用は無料だが、家や店などを建てるための土地は有料。仮想通貨「リンデンドル」を使い、ユーザー間でアイテムの売買も可能だ。リンデンドルは現金に換金できる。

 Second Life内で100万米ドルを稼いだミリオネアユーザーが06年末に話題になり、米国で報道が過熱。その勢いを受けて07年には日本でも話題になり、大手企業の参入も相次いだ。

●「訳の分からない人がみんなやって来た」

 「ブームってこういうものなんだな、と思った」――マグスルの新谷社長は07年当時をこう振り返る。「訳の分からない人たち……訳を分かろうともしない人たちがみんなやって来ていた。99%が“関係ない”人だった」

 同社は2006年11月、Second Lifeに参入。「マグスル東京」という名のSIMを区画に分け、企業・個人向けにレンタルする事業を始めた。

 06年12月26日、日本経済新聞がSecond Lifeに関する記事を1面に掲載したことを皮切りに、翌年1月からSecond Lifeに関する報道が急速に盛り上がり、マグスル東京にも申し込みが殺到。4月3日には、1000あった区画が売り切れた。

 日経に続くように、さまざまなメディアがSecond Life特集を組み、同社にも取材が殺到。大手テレビ局はほぼすべて取材に訪れ、新聞、経済誌、サブカル誌など、あらゆるメディアが取材に訪れ、Second Lifeを報道していった。

 企業から「Second Lifeを説明してほしい」と声もかかった。「営業に回ったこともないのに、いきなり大手から話が来た」と振り返る。

●当時の参入企業は――「実験」か、パブリシティー効果狙い

 同社はSecond Lifeの参入支援事業も展開。アトラスやインテリジェンス、H.I.S、サントリーなどのSIMを手がけた。

 Second Lifeに参入する企業には2種類あったという。(1)3次元仮想世界で新たなマーケティングなどを「実験」してみたい企業、(2)参入によるパブリシティー効果を狙った企業――だ。

 Second Life内の土地を借り、立派な3Dの建物を構築して参入するには、最低数百万円かかる。だが当時の日本のユーザー数は多く見積もっても3万人程度と少なく、企業がSIMを作るなどして参入しても、収益はほとんど期待できない。

 このため参入企業は、Webに積極的で予算に余裕があり、3D仮想世界でマーケティング実験を行える大企業か、参入が報道されることによるパブリシティー効果を期待する企業に限られていた。

 「Second Lifeには人がいない」「Second Lifeの企業参入は失敗」――07年春以降、メディアでこういった記事が目立ち始めると、参入企業が急速に減少。「参入しようにも、企業内での稟議が通らなくなった」と新谷さんは解説する。

 Second Life内で販促物を配布したり、アンケート調査を行うなどマーケティングを淡々とこなしていた企業は、長期的視点で淡々と実験を続けていたが、「この不況で予算が取りづらくなり、この3月でほとんど撤退している」(新谷さん)という。

●「勝手に熱が上がり、勝手に冷めていった」

 運営元はブームをどう見ていたのだろうか。「勝手に過剰に熱が上がり、勝手に冷めていった」と、Linden Labのリンクさんは冷静に振り返る。

 リンクさんは当時から、企業参入の盛り上がりに違和感を覚えていたという。「企業に参入してもらえるのはうれしいが、どういうコミュニティーなのかを理解せず投資するのはリスクが大きいのでは、と思っていた」

 参入はなぜ過熱したか。「ITに乗り遅れた企業が、『今度こそは乗り遅れまい』と焦っていたのでは」とリンクさんは分析する。Webに焦っていた企業が、Web2.0の次の本命ともてはやされたSecond Lifeに飛び付いたのも無理はない。

 Second Lifeはもうかるという話が一人歩きしたことも、ブーム過熱の背景にあったとみる。Second Life内の土地の転売で100万ドルを稼いだアンシェ・チャンさんが注目を浴び、経済系メディアで大きく報じられたことが、「Second Life=もうかる」という誤解を広げた。

 当時、Second Lifeに参入した企業のSIMには、繰り返し訪れたいと思える魅力あるものは少なかった。「“ハコモノ”を作れば人が来ると勘違いしていたのでは。仮想世界で何をしたらいいかを追求せず、Web1.0の広告ベースのモデルを導入しようとしていた」ことが失敗の理由だとリンクさんは分析する。

●「07年のころの友人はいなくなった」が……増える日本のユーザー

 ユーザーはブームをどう見ていたのだろうか。ブームをきっかけにSecond Lifeを始めたminaさんは、当時からアバターアイテムなどを創作し、自分の店で販売し続けている。

 06~07年、ブームが盛り上がり始めたころのSecond Lifeはminaさんにとって「未知なる世界」で、「毎日、新しいSIMや企業参入ニュースがあったので、いろいろな場所を冒険したり、勉強したり、実験していた」と振り返る。

 だが今は「新しい場所が見つかるというよりも楽しかった場所が撤退するという知らせや、お友達がやめていくということのほうが多いので、若干寂しい感じはある」という。

 「07年のころ知り合った友人は、ほとんどいなくなっている」とも話す。特に目的もなく、流行っているからと何となく始めた人は、早々に飽きて辞めていくことが多いようだ。その一方で、創作に打ち込むクリエイターは残り、創作物のレベルを上げているという。

 複雑なオブジェクトを作れるようになったり、空や光などを自由に調節できるようになるなど、創作ツールも進化。「高度な技術に対応できる一部のクリエーターたちが残り、07年とは比べ物にならないくらいにハイクオリティーなものを量産するようになった」そうで、日本最大のSecond Lifeブログコミュニティー「ソラマメ」にも、多くのクリエイターが参加し、盛り上がっている。

●増える女性ユーザー アバターで本格ファッションを楽しむニーズ

 minaさんの店はブーム当時より拡大し、今も毎日、多くの人が訪れている。来訪する日本人の比率は半数ぐらい。ブーム当時より増えているという。

 実際、日本人のユーザーは増えている。Linden Labによると、Second Lifeにアクセスするユーザー数は月間約100万で、うち日本のアクティブユーザー数は4万5000人程度とブーム当時の2~3倍に拡大。ここ最近は右肩上がりに伸び続けているという。

 特に、主婦など女性ユーザーが増えているようだ。ファッションに敏感な女性ユーザーが、高価なアバターアイテムをひんぱんに購入し、アバターを美しく着飾って楽しんでいるという。

 記者もminaさんに連れられ、アバターアイテムの有名店をめぐってみた。ヘアスタイル、肌色、メイクから、シャツやワンピース、ドレス、アクセサリーまで、現実世界に存在するありとあらゆる服飾品があり、細かいディテールまで丁寧に作り込んである。

 ファッションにそれほど興味のない記者だが、minaさんとショッピングをし、試着したアバターを見てもらっては「かわいい?」と聞いたりしていると、まるで現実世界でショッピングを楽しんでいるような錯覚を覚え、楽しかった。

 最近では、女性誌もSecond Lifeに参入。25歳前後をターゲットにした「ヴァンサンカン」は、本誌に掲載した商品を3Dアバターで紹介したり、イベントを開いたりしている。

 Second Life内で人気の服が、本物の服として販売されたこともある。Second Lifeで有名なクリエイター、ノンコ・ノエルさんがデザイン・販売した着物を、着物メーカーの「撫松庵」(ぶしょうあん)が商品化し、伊勢丹が販売。着物はすべて売り切れたという。


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07:57 | ビジネス
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 レーザーレーサーのGWが、黒字転換。

そういや、「がっちりマンデー」に出てたな。

【世界新記録連発で利益は前年比12倍(GW:ゴールドウイン)】
YUCASEE MEDIA

  スポーツ用品メーカーのゴールドウインが15日、2009年3月期の連結決算が純損益13億4900万円の黒字に転換した、と発表した。水着レーザー・レーサーで競泳の世界新記録を連発し、ブランド力の知名度や売上に大いに貢献した。

  同社は、前期が60億円の赤字だったために実に12倍以上の伸び。レーザー・レーサーで世界新記録を多数更新し、チャンピオンなどのブランドも返品が減少するなど収益が改善した。

  売上高は前期比3%減の440億5600万円、営業利益は1億9200万円、経常利益は15億4600万円.


18:53 | ビジネス
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